「腐女子」の刻印は消えない

最古に属する部類だと思います。数十年!ぶりに甦った「萌え」にびっくりしたので、とりあえず自分のために分析した事を置きます

腐女子の地雷とかいろいろ

腐女子の(二次創作を愛好する人の、と括りを一段大きくしてもいい)間に、激しい分断が生じている。

「地雷」の取り扱いによってである。

 

自分をいえば、好みはあるが雑食といったところで、最初は「地雷を踏んだら心が折れる」の意味が分からなかった。

 

だが、「二次創作とは妄想の産物である」、という点に立ち返れば謎は簡単に解ける。

妄想というと言葉に抵抗があるかもしれないが、二次創作を愛好するということは、原作に対して、自己の理想や欲望や願望を投影することではないだろうか?

そうである以上、生理的な好悪が生じるのは仕方がない。 

 

今でこそ余禄として楽しむ程度だから泰然と構えていられるけれど、振り返れば、思春期の頃のめり込んだ作品は、そこだけは理想の、安全な避難所のようなものだったから、不幸の影が差すようなものは確かに避けて通っていた。

 

いろいろな状況によって、心の安寧をその妄想一つに委ねざるを得なければ、それが脅かされるCPやシチュエーションはさぞかし恐ろしいものだと思う。

また怖れを封印している時、人は攻撃に転じるものだから、界隈が荒れるのはいたしかたないのかもしれない。

 

 「受け入れられない!」というものは、時が来るまでそっとしておけばよし。

趣味だもの。なんの義務もなければ、引目もない。

 

でももしそれが、「モヤッとする」程度のものならば、理由を突き詰めてみるのも悪くない。

 

最近モヤッときたのは、「女体化」、「妊娠」、「子持ち」、「オメガバース」。

「嫁いで、子供を産み、旦那にかしずく」というのは永らく女性におしつけられた理想だった訳で、なぜここでまた、と思ったのだ。

けれど、その価値観が強く内在化され、現実的でないと頭で分かっていても、それ以外に幸せを感じられないとしたら、これもまた、腐界隈で取り上げるのにふさわしいテーマであることに気づく。

 

かくにも、不完全ながら腐向けとは人を癒すものであり、使いようによっては自己の痛みをしらせるものである。