「腐女子」の刻印は消えない

最古に属する部類だと思います。数十年!ぶりに甦った「萌え」にびっくりしたので、とりあえず自分のために分析した事を置きます

支配と虐待

本はまさに必要とするときに手の中に落ちてくる。

 

主人公タラは、政府を敵とみなし自給自足を目指して山間に立てこもるサバイバリストの夫婦の何人目かの娘として生まれる。父親の信条から学校にも通えず、医者にもかかれず、10歳に満たないころから兄弟と共に父親の危険なスクラップ業を手伝わされていた。長じて家を出て大学に通い、一般社会への適応に混乱をきたしながらも歴史学者として才能を開花させる。

 

あらすじにしたら風変わりな出自を持った女性の成功物語に聞こえるが、ひとたび読み始めると、そこにある苦痛と、混乱と、悲嘆の呻きに押しつぶされそうになる。

 

父親は誇大妄想にとらわれており、すべての物事は神の思し召しだと固く信じている。

子供たちに生業の金属スクラップの回収を手伝わせているのだが、安全管理などという発想はさらさらなく、娘のいる方角に鋭利な金属片を投げて怪我を負わせても、よけられなかった娘を冷笑するような男で、骨に達するような重傷を負ったことがない兄弟がいない。

孤絶した環境で妻と子供を徹底的に支配しており、タラも「世界中が間違っていて、父一人が正しい」訳がない、とはなかなか気づけない。

ようやく生家を離れ大学に通い始め、どうやら世の中は自分が教えられてきたような場所ではないと薄々理解しても「父の目を通してみた自分」という呪縛から抜け出せず、自分を労わろうとする周囲を拒絶して、肉体的苦痛を和らげる手立てすらとることができない。

 

彼女は才能豊かで、非常に勉強家だったのでケンブリッジ修士号を取得し、ハーバードに客員研究員として招かれるまでの業績を出し、友人もでき、家を出て何年もたっているのに、それでも全てを投げうって父親の足元にひざまずき、許しを請いたいという渇望にさいなまれるのである。

 

激しい葛藤の中で、彼女が自分自身を見出だしていくいく言葉は鋭い。

 

”私の恥は、上下に動く大バサミから自分を引き離すのではなく、そこにおしやる父を持ったことから来ていた。隣の部屋にいる母が、目を閉じ、耳をふさぎ、私の母でいることを放棄したのを知った、床に倒れていたあの瞬間から来ていたのだ。”

 

”もしいま私が譲歩してしまったら、私が失うのはこの議論以上のものになる。私は自分自身の心を守る権利すら失ってしまう。これこそが私が支払うことを求められていた代償だったことを、いま私は理解している。父が私から追い出したかったのは悪魔じゃない。

私そのものだったのだ。”

 

ついにその闘いに終止符を打った時、彼女は自分自身を勝ち取っらせたのは ”教育” の力だと宣言する。

 

この父の在りようは「沼の王の娘」に近い。

そしてこの手記を読むと「父を撃った十二の銃弾」はよくできたファンタジーであり、決して実在することはできない、「アメリカ人の父というものの理想像」なのだということがよく分った。

 

沼の王の娘 (ハーパーBOOKS)

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