「腐女子」の刻印は消えない

最古に属する部類だと思います。数十年!ぶりに甦った「萌え」にびっくりしたので、とりあえず自分のために分析した事を置きます

Amazonをつかわない

本から食品まで一括で注文できるので、Amazonの便利さからはなかなか離れられないでいる。

そしてリンクもAmazon

(今貼ってちょっと自分に失笑)

 

 

          

 

ノマド」とは、住宅ローンと医療保険に押しつぶされ、持家を手放してキャンピングカーで移動しながら季節労働で生きている元中流の高齢者のこと。

ノマドの子供世代は同様にその孫にあたる子供たちの学費ローンでいくら働いても青息吐息、この本はアメリカの崩れ去る中流世帯と荒廃する地方都市のルポである。

 

一方「アマゾンの倉庫で絶望し~」は、イギリスの記者が「ギグ・ワーカー」として、表題のアマソンやウーバー、介護職の現場で経験をまとめたもので、「労働者」ではなく「個人事業主」として扱われるために、労働者としての最低賃金を保証されることもなく、過酷な現場で身をすり減らしていく様子が描かれている。

 

さて。

昨年の初夏、いろいろ思うことがあり、一日派遣に登録して物流倉庫で数日働いてきた。(Amazonではない。国内企業)

 

午前中数時間はひたすら、前日に使用したオリコンを企業別に分け、既定の入数にしてパレットに積み上げる。

荷物がコンベアに流れてくると、男性陣は行き先別にカゴ車に振り分け、女性陣がカゴ車の荷数を確認して、倉庫内の各ブロックに移動させる。

8時間、昼を除いて手を休める暇はなく、トラックが着くので倉庫の一面は全開放、空調はあってないようなものである。

何の技能もいらないが、疲労してくるとミスは起きる。

毎日、毎日、賽の河原で、これは精神がきつい。

けれど、私が行った倉庫は昔ながらの倉庫で、合理化の余地がありそうだけれど、却って人が独自に工夫を施す余地があり、それが救いだった。

 

徹底的に合理化されたAmazonの倉庫は、人間を不合理に扱う。

 

ここに書いたことだけでは何のことやらわからないかもしれないが、私は無批判にAmazonを使うのはやめようと思っている。

私が買い物に行く面倒くささを、誰かが足や手の腱を痛めながら補っている。

そして私自身が近いうちに、その誰かにならないとも限らないからである。

 

少子化が進むなか物流を今の形で保つことは不可能だ。

いつ、どこから崩れていくのか。

その時勢いがあるのは、おそらく現行法の制約を受けないグローバル企業や、プラットフォーム資本であり、働く者の権利は限りなく縮小するのではないかと、恐々としている。